***プリトニク先生とパイプオルガン・リサイクル***

林 豊彦(新潟大学工学部福祉人間工学科教授)



地階へ階段を降り、小さな扉を開けると、木琴や鉄琴が目に飛び込んできた。よくみると太鼓やサイレンまである。その隣の小部屋には、何千本のパイプの列また列。 驚かされることの多い世の中だが、プリトニク先生宅のパイプオルガンをはじめて見たときほど、驚かされたことはない。アメリカ式の劇場用オルガン(theater organ)が個人の家にあるなど、想像すらできなかった。
この家は、アメリカ東部、アパラチア山脈の中の小さな村、マウント・サベジ(Mt.Savage)にある。この家のご主人、ジョージ・プリトニク氏(George Plitnik)は、メリーランド州立フロストバーグ大学の物理学の教授。専門は音響物理学であるが、趣味と実益をかねて、パイプオルガンの設計・製作や修理も行っている。会社名は「アパラチア・オルガン」。州立大学の教授は、十ヶ月分しか給料がでないので、夏休みは別の仕事をしてもかまわないのである。
そのプリトニク先生とはじめて出会ったのは、1993年5月、新潟大学工学部に特別講師として招いたときのことである。その時の講義は当然パイプオルガンの話しで、大変興味深い内容であった。その後の懇親会で「家庭用のパイプオルガンを一緒に作ってみないか」と言われたとき、即座に「やってみましょう」と応えてしまった。それから手紙とFaxを使って少しづつ計画進み、1994年の夏、ついに家庭用パイプオルガンの試作一号が完成した。そして1997年7月、2台目のオルガンが完成し新潟県村上市の個人のお宅に納められた。
「プリトニク先生のオルガンの特徴は?」と聞かれれば、「中古部品の再利用」と答えることができる。パイプの製作には特殊な技術が必要であり、手間がかかり、当然値段も高くなる。そこで中古のパイプを調整・整音し、再利用する。これまでの2台の作品も、家庭用であることに配慮し、ディアパソン(金属のフルー管)の長さを変更してある。オリジナルの長さでは、倍音が多すぎてうるさくきこえるからである。
コンソールもまた中古品。無垢の木材はアメリカでも高価である。2台目のコンソール本体は1920年代に作られたものだという。それもまた完全に解体し、いろいろな部品を寄せ集め、再塗装して作り上げる。欧米では古いものを無理やり新しく見せようとはしない。歩んできた歴史が、ものに価値を与えるからである。
パイプやコンソールをどうやって手に入れるかというと、オルガンを入れ換えるとき、もらってきたり、安く買ってくるのだそうである。先生の家には大きな納屋が二つあり、その中に集めた中古部品が無造作に山積みされている。「大きなオルガンから小さなオルガンまで、何台でも作れる」というからすごい。32フィートの木管のパイプがそびえ立っているのを見たとき、我が目を疑ってしまった。
半世紀以上前にアメリカで作られ、一度は廃棄されたパイプやコンソートが先生の手で再生され、また新しいオルガンとして生まれ変わる。それが遠く離れた日本で人々を楽しませる。現代の電子オルガンは大事な部分が集積回路で作られており、製造終了後、部品は8年程度しか保存されない。それ以降は修理不能になる。つまりリサイクルできないように作られているのである。オルガンだけでなく、現代の製品はほとんど同じこと。長く使われることを前提に作られていないから深見がなく、使う方も愛着を感じない。そろそろ、そんな悪循環を断ち切らなければいけない時が来たように思う。先生が再生したパイプオルガンを調整し、調律し、そして弾いていると、そんなことを考えさせられてしまう。